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  • Yasuhiro Koma

松山英樹

プロ入り前の経歴

松山英樹プロは、1992年生まれ、愛媛県松山市の出身です。お父さんが日本アマにも出たことがあるほどのゴルフプレーで、その影響から4歳でゴルフをはじめました。ゴルフをするために中学2年から、高知県の明徳義塾中学・高校に進みます。そして、活躍が始まったのです。

2008年に「全国高等学校ゴルフ選手権大会」に優勝し、日本ゴルフ協会のナショナルチームにも選ばれました。

大学は名門の東北福祉大学に進みました。

2010年の「アジアアマチュア選手権」に優勝。日本オープンではローアマチュアで3位に入賞します。

2011年には「マスターズ」に出場し、予選通過しただけでなく、ローアマチュアとなりました。「第26回夏季ユニバーシアード」では、個人と団体での金メダルを獲得します。そして、11月の「三井住友VISA太平洋マスターズ」では、優勝を果たしました。このアマチュアでの日本ツアー優勝は3人目の快挙でした。



プロ入り後の経歴

2013年に、大学を辞めず東北福祉大学ゴルフ部のキャプテンを続けながら、プロ転向を表明します。そして、ルーキーイヤーから強烈な活躍を見せます。4月の「つるやオープンゴルフトーナメント」ではなんと、最終日に逆転優勝を果たします。プロ転向後2試合目での優勝でした。5月の「ダイヤモンドカップゴルフ」ではトータル9アンダーで2勝目を獲得。6月の「全米オープン」では10位に。7月の「全英オープン」では6位となります。この海外メジャー2週連続10位以内は日本人初でした。9月の「フジサンケイクラシック」でも優勝。プレーオフにもつれる試合でしたが、なんとかものにしました。さらに、11月の「カシオワールドオープンゴルフトーナメント」でも優勝します。そしてこの年、史上初のルーキーイヤーでの賞金王になり、また、史上最速の2億円突破プレーヤーとなりました。

2014年には大学を卒業。5月にはPGAツアーの「メモリアル・トーナメント」でプレーオフを制し、優勝を果たします。このPGAツアー優勝は、日本人最年少でした。

2015年の「米マスターズ・トーナメント」で11アンダーの5位に。この年はPGAツアーの賞金ランキングで15位になっています。

2016年には「フェニックス・オープン」で優勝。プレーオフでリッキー・ファウラーを破っての優勝でした。10月には「日本オープンゴルフ選手権競技」で優勝。10月の「HSBCチャンピオンズ」で世界ゴルフ選手権の初優勝を果たします。

2017年には「フェニックス・オープン」でプレーオフを制し、優勝しました。6月の「全米オープン」では2位タイとなります。8月には「ブリヂストン招待選手権」で優勝し、世界ゴルフ選手権で2度目の優勝でした。この年には、世界ランキングに一時2位となっていました。

少し活躍から遠ざかっていたのですが、2021年にさらなる快挙を果たしました。4月に行われた「米マスターズ・トーナメント」で優勝を果たすのです。ゴルフ4大メジャー大会での日本人、アジア人で初めての優勝でした。7月に開始した東京オリンピックではプレーオフの末、おしくも銅メダルを逃しての4位でした。10月の「ZOZO CHAMPIONSHIP」で優勝し、PGAツアー7勝目を果たします。

2022年に「ソニーオープン・イン・ハワイ」で優勝しPGAツアー8勝目。これで、アジア人最多勝と並びました。



特徴

松山プロは、生涯獲得賞金は55億円を超えている世界的スーパープレーヤーです。松山プロの身長は180cm、体重は90kg。パッと見てわかる筋肉を蓄えた体型をしています。プロ入りしたときは75kgと比較的細めでしたが、その後、過酷なトレーニングを続けることによって、体が変わったのです。特に、下半身強化に力を入れたそうで、土台から作っていくこで、スタミナ、そしてスイングの安定性にも大きくプラスになりました。そのため、ドライバーでのキャリーディスタンスはおよそ300ヤードです。 *一時期は310ヤードを超えているときもありました


スイングの特徴は安定性といえます。上半身がぶれず、特に頭の位置が一定で動きません。左手をスライドするだけで振っていますので、軸が安定し、強い打撃で、フェードでもドローでも安定したショットを生み出すことができています。スイング中に肩と両腕でできる三角形の形が変わらないのです。非常に再現性の高いスイングとインパクトが実現できており、安定したショットになっています。

一方で、松山プロも怪我との戦いが続いています。最も深刻なのが、左手親指の痛みです。実はこれは多くのプロゴルフプレーヤーが持つ症状です。松山プロも2018年から発症し、長期にわたり、大変苦しんでしました。

一方で、松山プロの強さを語る上で忘れてはいけないこととして、目沢秀憲コーチの存在が大きいと言われています。本人のたゆまない努力があったのは事実ですが、2018年から勝利から遠ざかっていた松山プは2020年に目沢コーチと契約を結んだ後、再び快進撃が始まったのです。

2017年には世界ランキング5位までいっていた松山プロ。今後もさらなる活躍を期待しましょう。

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